2015年01月31日

祝!伊良部大橋開通

20111106_01うぷゆう.jpg全国紙にも報道されているとおり、遂に伊良部大橋が開通しましたね。
おめでとうございます。
無料で通行できる橋としては日本一の長さの3540mは、分速80m(時速4.8km)で歩けば約45分。いや、途中で足を止めて写真を撮るでしょうから、1時間はゆうにかかるでしょうね。普通は歩かないでしょうけど。
いろいろ便利になりますが、いっぽうで宮古フェリーの高速船「うぷゆう」とカーフェリー「ゆうむつ」は伊良部大橋開通とともに運行終了となりました。
(はやて海運は不明)
無料で早く、時化でも伊良部島へ行けるのに、わざわざお金を払って船に乗る人はいませんからね。車なら目的地まで行けるし。ミニクルーズ気分が味わえなくなるのは、少〜し残念です。(写真は2011年の高速船「うぷゆう」)
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2015年01月30日

穴子ヅケ縁側丼

クイパラ本部手前の「ゆたか丼丸」、今日は0の日サービス。
シャリ大盛り645円→600円。
縁側が歯触りよく美味しいです。s-20150130_181109.jpg
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2015年01月29日

今日の一本「New 麦とホップ<黒>」

DSC08290.JPG昨年11月にニュースリリースされていたようです。

> サッポロビール(株)は、コク系新ジャンル「サッポロ 麦とホップ The gold」を2015年2月にリニューアル発売します。
> あわせて「サッポロ 麦とホップ<黒>」もリニューアル発売します。

でも、1月からもう店頭に並んでいます。

ふと気づいたのですが、原材料は
> 発泡酒(麦芽・ホップ・大麦)・スピリッツ(大麦)
米は入っていないんですね。実はビール純粋令に近い?
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2015年01月28日

No.25外間御嶽(ぷかまうたき)@綾道(平良北コース)

s-P1050472.jpgNo.23仲屋金盛ミャーカの向かい側に、外間御嶽があります。

14世紀から15世紀にかけての人物、根間大按司、その子根間の角かわら、目黒盛、その子真角与那盤、その子普佐盛の5人がまつられている。普佐盛の弟、伊かりによって御嶽に仕立てられたと伝えられている。

とは言え、近年建てられたものらしく、賽銭箱やコンクリートの屋根がある御嶽です。
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2015年01月27日

No.24忠導氏仲宗根家@綾道(平良北コース)

s-P1050463.jpg表札がかかり、装飾付きの立派な門が「忠導氏仲宗根家」。この中にはどんなお屋敷があるんだろうと思ったら、正面にヒンプンがあるだけで、その中は石がごろごろして、がじゅまるの木が生い茂るばかりでした。

忠導氏は古琉球から近代初期まで、白川氏と共に宮古を二分するほどに勢力を誇った旧家である。元祖仲宗根豊見親(童名空広)は目黒盛豊見親の五世孫にあたり、15世紀末から16世紀初めにかけて宮古の主長であった。
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2015年01月26日

No.23仲屋金盛ミャーカ@綾道(平良北コース)

s-P1050474.jpg県道83号線の住宅が並ぶ中に、ぽつんと空いた一段高い草地が仲屋金盛(なかやかにもりみゃーか)です。

仲屋金盛豊見親は父仲宗根豊見親のあとを継いで頭職をついだが、首里王府のとがめにより自害したということで、家譜の上では、忠導氏の本宗を継いでいない。西外間小祖(にしぷかましょうそ)とされている。

これではよくわからないので、現地の案内看板の説明を見るとこう書いてあります。

仲屋金盛は、16世紀初頭に宮古島の首長であった仲宗根豊見親の嫡子である。弟に祭金豊見親や知利真良豊見親らがいる。「八重山のオヤケアカハチの乱」(1500年)、「与那国の鬼虎の乱」(1522年頃)に父豊見親に従って従軍。父豊見親の没後、その跡を継いで宮古島の支配者となったが、1532年頃宮古島の東南部で勢力のあった金志川那喜太知豊見親を殺害したかどで首里王府の問責にあい、自害した人物である。この事件によ
り、豊見親の称号は廃止され、代わって、首里王府の任命による頭制が施かれることになった。

父と弟が、あの石積みの大きな墓であるのに比べると、随分小さいものです。
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2015年01月25日

No.22ユーラジ御嶽@綾道(平良北コース)

ユーラジ御嶽.jpg県道83号線に出ると、片側一車線ながら大通りという感じがします。

御嶽は小高いところで、25平方メートルの四角の敷地となっている。東側に祠があり、中に香炉が二つ置かれている。又祠の側に石二つが並べてあり、神が天に上がるところもいわれている。この御嶽一帯はかつての東仲宗根村番所跡である。

小高いといっても、石段2段です。Google ストリートビューでも、ほぼ同じアングルの写真を見ることができます。
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2015年01月24日

No.21船立堂@綾道(平良北コース)

s-P1050487.jpg3年前には、フサティ御嶽から船立堂へ行くことができず、完全に方向を間違えて気がつくと盛加井に来ていました。それはそれで行って見たかったので良かったのですが、宿題になっていた船立堂、今回はあっさり行けました。私は決して方向音痴ではなく、唯一持っていた綾道マップがわかりにくかったからなんです。
今はスマホのGPSがあるので、少なくとも現在位置をロストすることはないですね。

「御嶽由来記」に「船立御嶽男女かねとの志らこにやすつかさと唱え、船路の願い、諸願いにつき平良村中崇敬する」とある。農具の神としてもあがめられ、旧11月8日には、フーツキヨーカ(ふいご祭り)が行われる。

綾道マップの説明はあまりにも簡略化されていますが、現地案内看板にはもっと面白いいわれが書いてあります。その話はいずれご紹介するとして、「かねどの・しらくにやすつかさ」は久米島から宮古に漂着した兄妹だそうです。
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2015年01月23日

No.20フサティ御嶽@綾道(平良北コース)

s-P1050512.jpgンー(芋)ヌ主御嶽の向かいに、「保里遺跡」と書いた案内柱のある小道を登っていくと、特にどう、ということのない御嶽があります。これがフサティ御嶽だそうです。

14世紀頃の人で西仲宗根の首長保里天太の居城跡と伝えられている。2基の香炉が置かれたイビの中央に「テダノ主神」左右に「水の神」「トビトリノ主神」とそれぞれ神名が記され、古い長方形の鏡がひとつ安置されている。

ただし香炉を囲む塀はブロック塀で伝統的に古いものではなく、鏡も古いとは言えないように思います。
それより、透かしブロック、正面と右側が逆さまに埋め込まれているのが気になります。
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2015年01月22日

No.19ンー(芋)ヌ主御嶽@綾道(平良北コース)

s-P1050503.jpgウプカーの左手の細い坂道を登って左折すると、道より少し低いところにンー(芋)ヌ主御嶽があります。御嶽というより、神社の形です。

長真氏旨屋は首里王府での公事を終えての帰途、逆風に遭い中国に漂着した。
3年後の1597年帰島にさいして芋カズラを持ち帰り、島中に流布した。これによって旨屋は「イモの神さま」としてまつられている。

綾道マップには簡単に書いてありますが、現地の案内看板によると、中国から帰るときにまた遭難して、今度は九州に漂着した後、ようやく宮古に帰ったということです。さらに45年後、琉球からの帰途、またも遭難して八重山に漂着して病死したそうです。
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2015年01月21日

大川@綾道(平良北コース外)

s-P1050519.jpg大和井の道路をはさんで向かい側に、大川、おおかわではありませんよ。ウプカーがあります。綾道マップに名前しか記載がなく、Noが付いていないので今まで気づきませんでした。

牛馬用の井戸だそうです。説明板を抜粋すると

掘削年代は明らかではないが、18世紀初頭にはすでに大川が存在していたことがうかがわれる。当時の人々の暮らしにとって、牛馬は重要な労働力であった。
数多く存在する井泉のなかで、牛馬専用を目的としたものは極めて稀である。
戦後、水道の普及や牛馬飼育の激減により、大川を利用することがなくなり何時しか土砂に埋もれてしまった大川を、2004(平成16)年10月発掘した。
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2015年01月20日

No.18大和井@綾道(平良北コース)

s-20140921_112522.jpg大和井、みごとな石積みです。城辺町の友利のあま井に比べると、水汲みははるかに用意です。でも庶民は使えなかったみたい。

下部に大石をおき上部につれて小さな切石を円形に積み上げている。在番役人・頭など、一部の上層役人だけが使用したとの伝承をもつ宮古唯一の井である。掘年は雍正日記などから1720年頃と推定される。
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2015年01月19日

今日の夕陽@新柏

DSC08276.JPG出張で新柏へ行きました。

東武野田線、昨年から東武アーバンパークラインという愛称になり、その看板が掲げられています。しかし長くて言いにくく、それが路線名だということが理解しにくいです。

ともあれ、新柏駅のホームから見る夕陽は美しかった。
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2015年01月18日

No.17荷川取村番所跡@綾道(平良北コース)

s-P1050530.jpg道路脇の、サトウキビ畑の片隅に案内柱が立っています。

古琉球から近代初期にかけての荷川取村番所の所在地。番所敷地内には機織場、染め場等も設けられていた。

とはいえ、痕跡らしいものは何もありません。
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2015年01月17日

No.15湧川マサリャ御嶽(パス)No.16カーニ里御嶽@綾道(平良北コース)

s-P1050540.jpgスタートから一番遠い地点がこのあたり。徒歩では時間がかかるので、できればレンタサイクルで廻りたいところです。
No.15湧川マサリャ御嶽もパス。というのは、実はNo.1から順番に訪ねているわけではなく、ホテル共和から逆回りしているため、時間的限界に達して今回はNo.16カーニ里御嶽が終点となりました。

所在の里の名をカーニ里と云い、里の守神を祀ったのが始まりというが、この地に仲宗根豊見親の側室が住んでいたとも伝えられている。敵襲に備えて、屋敷の門は三方に開かれている。

この綾道マップの説明は、現地に立っている説明看板とかなり違います。また、どこが御嶽なのかよくわかりません。
でも遠目にはいかにも御嶽がありそうな茂み、と思って近づいたらビンゴ!
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2015年01月16日

No.13真玉御嶽(パス)No.14人頭税石@綾道(平良北コース)

s-201111宮古_132.jpgNo.13の真玉御嶽は未訪問のためパス。Google Mapに「真玉神社」と記載されています。

「御嶽由来記」によれば、男女神かねとの・まつ免かを祀り、子孫繁昌の神として崇敬されている。ユークイ願い(豊穣祈願)などが行われる。

No.14人頭税石
宮古島一番の有名どころですね。最近の写真が見つからず、2010年のもの。

平良市荷川取の臨港道路沿いに立つ高さ143cmの石柱。「ふばかり石」ともよばれている。王府時代に宮古・八重山地方に人頭税が課せられ、この石の高さになると税を課せられたという伝承があるが、近世琉球では数え15〜50歳の男女に賦課されている。
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2015年01月15日

No.12恩河里之子親雲上の墓@綾道(平良北コース)

s-201111宮古_131.jpg知利真良豊見親の墓から、左手に進むと、恩河里之子親雲上の墓です。
ただ、ほとんど埋まってしまっていて、案内標識の写真がなかったら、見落としてしまいそうです。

恩河里之子親雲(おんがぁさとぬしぺーちん)は、旧幕末期首里王府から宮古に派遣された在番役人。現存する墓碑では比較的古いものである。
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2015年01月14日

No.10アトンマ墓@綾道(平良北コース)

s-201111宮古_117.jpg仲宗根豊見親の墓の右奥にアトンマ墓があります。
草が生い茂り、蚊が多いのでご注意!

仲宗根豊見親を元祖とする忠導氏ゆかりの墓で、同氏族の継室(アトンマ)だけを葬ったというので、俗に「アトンマ墓」と称されている。
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2015年01月13日

No.9仲宗根豊見親の墓@綾道(平良北コース)

s-201111宮古_113.jpg漲水御嶽から、国道390号線の延長の道に出て北に100m行くと、右側に仲宗根豊見親の墓があります。

15世紀末から16世紀初頭にかけて宮古を統治した仲宗根豊見親が父真誉之子豊見親のために築造したと伝えられる墓。宮古を代表する石造墳墓。

初めてこの墓を見たときはとても驚きました。
ここにはわき水もあって、魚が住んでいます。
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2015年01月12日

平和の天川@綾道(平良北コース外)

s-DSC07661.jpg漲水石畳道の右側には、もう一つ文化財っぽい石碑が建っています。
 平和の天川
台座の大きさに比べて、石碑が小さいような気がしますが、これもいわれが全くわかりません。
posted by Paconta at 00:02 | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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